
#1 たなか工房 田中 勝也 さん
第一回目は染色補正の伝統工芸士である、たなか工房の田中勝也さんにお話を伺います。
- まず初めにどのようにして染色補正の道に入られましたか?
自分は元々大阪で設計の仕事をやってたのですが、父親が左官屋で、幼少の頃から父親の背中を見てきました。おもちゃは父親の使い古した左官の道具ばっかりでしたし。
その中で、高校生の頃からずっと、勤めながらも左官の仕事を手伝ってきました。
学生の頃は勉強そっちのけで仕事ばっかりしていましたね(笑)自分も将来は何かの職人になるんやろな~。と漠然と考えていましたが、体がそんなに強くなかったので、左官職人にはなれないなと思っていました。
周りには職人が多く、叔父さんは草履職人で、遊びに行くと夜中の1時過ぎまで黙々と草履を作ってる姿を見ていましたし、叔父さんも体が強くない方だったので、それで家で仕事ができるのも良いなと、漠然と思ってました。建築現場では現場監督や設計者が左官などの職人に指示を出す立場だったので、設計に興味をもち、設計の学校を受けたのですが、父親が倒れたので働かざるを得なくなりました。
そこで、機械の設計の仕事なら見習いで入れてくれる会社があったのでそこで働くことになりました。
図面などの細かな仕事が楽しくて、自分には細かい仕事が向いているのかなと思うようになりました。
- 染色補正の道に入られるまでに色々経験されているのですね。
はい、彫金は楽しかったですね。他に仏像も彫ってみたかったんですが、訪ねたところが金箔の仕事で、彫るのではないし、ちょっと違うかなと。
もうそのころには大阪から京都に出て、職人になろうと思って色々なことをやってました。
そんな折、求人情報誌に染色補正の求人があって、とりあえず会ってみようと。 当時は全く呉服のことは分かりませんでしたが、後の師匠ともそちらで出会うことになります。
それが21歳の時ですね。- なるほど、そこで初めて、筆や刷毛など、染色補正・染み抜きの道具を使われるんですね。左官に通ずるものはありましたでしょうか?
そうですね、ジャンルは全く違いますけど、道具は大事にするというところですかね。道具に対する思いやり。
全てが初めての世界でしたので、0からのスタートでした。- 当時の職人の世界は今より厳しいイメージがありますが、技術など仕事を教えてもらえる環境でしたでしょうか?
あまり教えてはもらえませんでしたので、見て盗むというのはありました。自ら興味をもって、どんどん見ていかないと仕事をやらせてはもらえなかったですね。
たまに「これやってみろ。」と言われたときに出来ないと二度とやらせてもらえない世界でしたね。
それでも仲間がいたので楽しかった。- どういったところが楽しかったですか?
社内でのコミュニケーションが楽しかったですね。仕事終わりは必ず皆で呑んでましたし。隣が酒屋でしたので(笑)
呑みながら仕事の話を聞いたりしましてね。- 手を動かす仕事だけではなく、営業もされていたとか?
一日作業をしているわけではないので、午前中はルート営業というか、顧客回りをしていました。御用聞きですね。その時はすごく嫌でしたけど、結果的にそれが身になっていますね。あの時顧客回りをしていなければ、今の自分は無いので、ありがたい経験をさせていただいたと思います。
顧客回りをしていると、お客さんと話しをする機会も増えるので、例えば畳み方とか、色々お客さんから教えてもらう事も増えてきます。- 染色補正・染み抜きの仕事で難しいと感じるところは?
染色補正・染み抜きの仕事はやってみないと分からないという事です。自分の成功体験、経験してきた事と比較してどうなるかという事を想像して取り掛からないと染みは落ちないので。とは言え、今まで自分が培ってきた経験からの判断が100%正しいとは限らないので、先入観を取り払い、フラットな気持ちで染みと向き合わなければなりません。
パッと見で簡単に落ちそうな染みでも全然落ちない事もあるので、絶えず、本当にこの染みは落ちるのだろうかと、毎日格闘していますね(笑)
- 今までで忘れられない依頼は?
う~ん、難しいですね。
ある日、おばあちゃんが染みだらけのお着物を持って来られて、これはもう直らないですよと断わったのですが、おばあちゃんはどうしても孫の成人式に着せてあげたいと言うんです。
それなら何とかしようと、せめて記念撮影の際には染みが映らないようにと頑張って直したこともありますし、逆に、亡くなられたお母さんの形見の着物を持ってこられて、襟の染みを直してくださいという依頼があったのですが、「直そうと思えば直せますが、これもお母さんの思い出ですよね。お母さんの痕跡は無くなってしまいますけどいいですか?」といった事で直さなかった事もありましたし。直したいと思われている着物には様々なストーリーがありますよね。
絞り込むのは難しいですね。- 化学繊維や新しい染料のへの対応はされていますか?
新しい染料ですと、今はインクジェットが増えてきていますので、以前の染料とは全然違いますね。 今までの技法では直せなかったりしますので、対応策は常に考えています。組合でも協議したり講習会をしたり、今はインクジェットへの対応が課題ですね。
制作はインクジェットでコストが抑えられますが、仕上げとして関わる染色補正は今まで以上にコストがかかってしまうのです。 化学繊維の着物も同じことですね。- これから染色補正・染み抜きを目指す人や夢を持ったへのメッセージ
それなりの意欲と熱意を持っていれば大丈夫。それがあれば、どんな厳しい状況でもできると思います。
染色補正の世界ではどうしても直せないものもありますが、直せないからとあきらめるのではなく、絶対に直してやるという、「出来る!」と思う気持ちが大切だと思います。
